らしさと自由のはなし

高校の現代文の先生は、特に個人的に親しかったわけでもなく、授業の内容が個性的なわけでもなければ、話上手な面白い人というわけでもなかったのだけど、離任式の挨拶で話していた中に未だに忘れがたい話があった。
「らしさというのは何でしょうか。らしさに固執していませんか。自由とはどういう状態ですか。らしさなどないほうが自由です」

かいつまむとそんなようなこと。
らしさにこだわってがんじがらめになることは未だにあるけれど、らしさは何かを始めるときに指針にするものではなくて、何かを完成させたときについてくる副産物であったほうが自由だ。スタート時点で自分らしさをテーマにしなければ、完成までの過程はずっと自由なのだ。
スタートのとき指針にすべきものは、自分の思い描く自分らしさより、単純に自分の好きなもの、自分のしたいこと。
自分らしいとか自分らしさとか、私はわからなくていい。それは私ではない人が自由に考えていい。だからと言ってそれをレッテルにして必要以上に自分を縛ることもない。私には好きなものがあるだけでいい。

それはそれだけど、あの絵といえば瑞晶さん、と思われるのは嬉しいこと。それはそれ。
誰かの思う私らしさが、素敵なものだったら嬉しいです。

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facebookが苦手問題

ずっっっっと続けている趣味のひとつに海外文通があって、誰に勧められたのかは覚えてないんだけど、pen palに「写真を見れるから」と言われてfacebookを始めた。まだスマホアプリも主流じゃなくて、日本語にも対応していなかったときだ。
毎回写真を印刷して手紙に添えて送るのは手間なので、手軽に写真を見れるのは良かったけれど、まぁ何しろ使いにくかった。あのタイプのSNSといったら世代的にmixiだったから、見にくいし使いにくいしわかりにくい、とすぐに敬遠した。
日本でfacebookが普及し始めると、友達申請なんかも来るようになって、敬遠してばかりもいられなくなったのだけど、こんどは別の問題が目についた。
おまえ…facebookだと人格違わない?問題である。

おまえ、もっと面白いやつじゃん…なんでfacebookだとちょっとあれなの…という事案を立て続けに目撃し、心が疲れた。
facebookってなんでこう…なんで???
なんで、なんで真面目な話の時も面白いこと言うときも、人格がちょっと画一的になっちゃうの?あんだけたくさん「お友達」いるけど、実質4人分の日記を読んでるような、なんかそれくらい誰が誰だかわかんない!!!!
いくらビジネス関係の人の目に触れるリスクがあるほど開けているとはいえ、Twitterと違って文字数の制限もないのに…制限がなくて自由すぎるからかえって漠然としてしまうの?
私はfacebook上での人格をfacebook個性って呼んでるんだけど、そのfacebook個性に囚われている知り合いや友人を見たくなくてもうfacebookのアプリは削除した。せっかく実はめっちゃ面白いやつだってわかってるのに、オンライン上でがっかりするのはナンセンスだ。
こういう経験から「きっとfacebook個性とは逆に、オンラインでは近寄りがたい印象の人も、実際会ってみたらいい人だったりするんだろうな」と思うようになった。一応得たものはある。
だってかつての同級生でめちゃくちゃ大好きな友人でも、ファーストコンタクトがTwitterだったら絶対仲良くならなかっただろうなこいつってやつもいますもの。

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風景の写真が苦手問題

風景の写真が苦手だ。魅力的に撮れない。技術的な問題もあるけれど、私という人間のソフトウェアのバージョンが低いからだと思っている。子供のときから継続的に感性の教育をきちんとしてやらなかった自分が露呈する。客観的に自分の撮った写真を見て、そこから感じるものが少ない。魅力の密度がすごく低い。

室内の写真と違って、風景の写真ていうのは、情報が多すぎるから難しいだろうな、とは思う。

木と空だけの写真でも、空には雲がかかっていてどうトリミングするか悩ましいし、角度を変えるともう空自体の色が変わるし、木だって枝ぶり一本入れるか入れないかで見え方が変わる。
でも、そもそも私には、空と木だけしか目の前になかったら「何もない」ように見えると思う。色々変化があるっていうのは、カメラを構えてみて初めて気付くことが多い。何もないわけじゃない、変化していく美しい風景は、切り取り方次第ではあるけれど、確実にそこにある。でも、見ようとしてない時間が圧倒的に長いし、探そうとした経験だって少ない。私のバージョンが低いからだ。魅力をたくさん掬ってやれないから密度のない写真になる。素敵な写真を撮る人の目には、きっと私が見ているよりずっと多くのものが映っているのだろうと思う。ソフトウェアが良ければ、同じ風景を見ても、より多くの美を見つけられる。

それはそれとして、アプリで写真を加工するのが好きだ。
彩度やコントラストをいじる過程で「こう見えていたら私の理想の世界なのに」という自分の美への欲と、図らずもご対面することになる。
室内の写真は好みが一貫している。食べ物の写真はもっと。赤みが強くて程よくハイライトが入っていてちょっとシャープだとおいしそう。ある程度自分の中で正解がある。
風景の加工の時は、こうしてみたらどうかな、それともこうかな、と試行錯誤することが多いし、時間がかかる。自分の理想が定まってないせいもあるけど「こういうのも案外ステキだな、私っぽくないけど」という発見が多いからというのもある。私っぽくないから。
展示会で知らない作家さんの絵を見て「これ好きだな。私っぽくないけど」と思うことがあるように、自分の中で自分らしくない感性と出会うことがある。そういうのがあるから、難しくて楽しい。
風景の写真も、長く撮り続けていたら、いつか食べ物の写真みたいに「私の撮り方」みたいなのが確立されるかも知れないけれど、いまはまだ全然スタイルの定まっていない風景写真を、私らしく私好みに、ちょっとずつしていきたい。
いまはまだ全然、恥ずかしいけれど。

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5年経って思うこと

学校を卒業して実家に戻ったら、環境が悪い方に変わりすぎて、落ち着いていたうつがみるみる悪化した。どれくらいのストレスだったかというと、数値化できないし説明するのが難しいんだけど、特に努力せず3ヶ月で15キロ痩せたくらい。
家族はうつを心の病みたいに思ってたんだか、お話にならないくらい理解がなくて(私も絶不調だったから自分の症状をプレゼンできなかったし)そのくせ心理学専攻だとか医療従事者だとかの自負があり、謎のうつ病マニュアルを持っていて、本当に本当に嫌だった。
よく家族からキレられたのは、私が布団から出ずに家事をしないことについてだった。具合が悪いんだから家事ができないのなんて当たり前なんだけど、私もこの頃は病院難民で周りに誰も味方がいなかったし、最低レベルまで考える能力が落ちていたので、やっぱりうまく自分の状態を説明できず、うつは悪化した。
そうこうしていたら父が亡くなって、皮肉にも環境が変わったことで身体は少し楽になった。
「具合が悪いのはずっと家にいるせい」と母に言われ、働くことになった。
でも今思うとそんなわけなかった。母がうつについて少しでも役に立つアドバイスをしたことがあったか?といえば、ないし、むしろ信用しちゃいけないタイプのことしか言わない。でも私は相変わらず頭が働かなかったので、働いたら家事のことで色々言われなくなるかもしれないし、と思って仕事を始めた。
正直、まともに仕事なんてできるわけなかった。体も弱っていてすぐに熱を出したし、そもそも脳みそが普通の成人の状態じゃなかった、今思うとほんとに。
何百回も私には無理だと思ったけど、5年働いた。
働き始めの頃、母に「自分の病院代くらい自分で稼げるようになりなさい」と言われた。
その後「自分のお小遣いくらい」「自分の保険代くらい」と、すぐに求められるものが大きくなり、母に「もう仕事辞める」と言うと「辞めてどうするの、どうやって生きていくの」と、もう今日にでも死んでしまいたい私に説教をした。
「最初は病院代稼げればいいって言ってたのに」と食い下がると「いつの話をしてるんだ」とまた説教された。ただ時間が経っただけで、私の状態は特に良くなっていなかったのだけど、その間何度漂白剤やら薬やらを飲んで救急搬送されたかわからないのに、なんでそれを見ていて「退院したらまた働ける」と思ったのか怖くて聞けない。

一年かかろうが二年かかろうが、ちゃんと休めばよかった。まぁあの家族に囲まれた環境では、一年やそこらじゃろくに休めなかったかもしれないのだけど、ちゃんと身体が動くようになったら、意外と私は人並みに働けるんだな、と思うようになった。私は本当にずっと、普通の仕事ができないことに悩んでいたから。それはべつに、うつで身体や脳の機能が落ちていたからだったのだけど。
経験してみるとわかることだけど、うつは脳の病気だから、私の症状はアルツハイマーにも似ていた。仕事ができないと感じるのは当然だった。5年間、なけなしの体力と大切な気力を代償に、感じる必要のない無駄なコンプレックスを育ててしまった。できればその5年間を、ただただ休むことや治すことに使いたかった。

こうしていればもっと早く治っていたのに、とは思うけれど、母は私が入院して完治させたいと望んでも、それを一度も許さなかったし、他の可能性はなかったと思う。未だにどうすればよかったのかもわからないし、そもそも私は頭も体も弱り切っていて何かできたとも思えない。

だからもう、また悪くならないように気をつけるしかない。実家暮らしで家族がいても、正しい味方がいなければ、結局ひとりで死ぬしかない。

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