風景の写真が苦手問題

風景の写真が苦手だ。魅力的に撮れない。技術的な問題もあるけれど、私という人間のソフトウェアのバージョンが低いからだと思っている。子供のときから継続的に感性の教育をきちんとしてやらなかった自分が露呈する。客観的に自分の撮った写真を見て、そこから感じるものが少ない。魅力の密度がすごく低い。

室内の写真と違って、風景の写真ていうのは、情報が多すぎるから難しいだろうな、とは思う。

木と空だけの写真でも、空には雲がかかっていてどうトリミングするか悩ましいし、角度を変えるともう空自体の色が変わるし、木だって枝ぶり一本入れるか入れないかで見え方が変わる。
でも、そもそも私には、空と木だけしか目の前になかったら「何もない」ように見えると思う。色々変化があるっていうのは、カメラを構えてみて初めて気付くことが多い。何もないわけじゃない、変化していく美しい風景は、切り取り方次第ではあるけれど、確実にそこにある。でも、見ようとしてない時間が圧倒的に長いし、探そうとした経験だって少ない。私のバージョンが低いからだ。魅力をたくさん掬ってやれないから密度のない写真になる。素敵な写真を撮る人の目には、きっと私が見ているよりずっと多くのものが映っているのだろうと思う。ソフトウェアが良ければ、同じ風景を見ても、より多くの美を見つけられる。

それはそれとして、アプリで写真を加工するのが好きだ。
彩度やコントラストをいじる過程で「こう見えていたら私の理想の世界なのに」という自分の美への欲と、図らずもご対面することになる。
室内の写真は好みが一貫している。食べ物の写真はもっと。赤みが強くて程よくハイライトが入っていてちょっとシャープだとおいしそう。ある程度自分の中で正解がある。
風景の加工の時は、こうしてみたらどうかな、それともこうかな、と試行錯誤することが多いし、時間がかかる。自分の理想が定まってないせいもあるけど「こういうのも案外ステキだな、私っぽくないけど」という発見が多いからというのもある。私っぽくないから。
展示会で知らない作家さんの絵を見て「これ好きだな。私っぽくないけど」と思うことがあるように、自分の中で自分らしくない感性と出会うことがある。そういうのがあるから、難しくて楽しい。
風景の写真も、長く撮り続けていたら、いつか食べ物の写真みたいに「私の撮り方」みたいなのが確立されるかも知れないけれど、いまはまだ全然スタイルの定まっていない風景写真を、私らしく私好みに、ちょっとずつしていきたい。
いまはまだ全然、恥ずかしいけれど。

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