私と親との話

「私は可愛く産んであげたのに、お前が勝手にブサイクになった。」

これは私が母から、耳にタコが出来るほどに聞かされてきた言葉だ。
幼い頃の私は、アルバムで見ると(自分で言うのもなんだが)それはそれは可愛かった。女優やアイドルやモデルの幼い頃の写真じゃないかと周りが言うくらいに、自他共に認める美少女であった。

しかし、三十路となった私の現在の姿は……息子に言わせるとポケモンに出てくるケッキングのようだという。

↓ケッキング


俗にいう「オシャレ」に興味がないのは今に始まったことではなく、十代の頃から特に洋服にも拘らず適当であった。高校を卒業して化粧をするようになったものの、やはり興味を持てず、特別なことがない限りは素っぴんでいたし仕事でメイクをしなければいけないことも苦痛だった。それは今でも変わらない。

だが小学生の高学年時代は仲が良かった友人たちの影響もあり、当時は始まったばかりのプリクラを撮りに出掛けたり、休日にはオシャレや恋の話で盛り上がっていたようなタイプだった。

何が私を変えたのか。

その友人たちと中学が別になったことも一因だと思うのだが、それよりも私の記憶に鮮烈に残っていることがある。
それはお年玉を貰ったばかりの冬休み、友人たちと初めて子供だけで洋服を買いに行った。
私にとっては初めてのことで、自分に合う服どころか流行りも何もわからないまま、ただ「自分のお金で自分の選んだ洋服を買う」という初めての体験にドキドキしていた。
オシャレ大好きな友人たちと時間をかけて選んで、私は帰宅してすぐに母親にそれを見せたいと思った。そして買ってきた洋服を並べて見せたのだが…母親は苦笑いを浮かべて、こう言った。

「あんた、ホントにセンス悪いね。」

今思うと、奇抜なデザインなものを選んでいたような気がする。でもその時の私にはそれがとても良いものに見えて、着てみたいと思った洋服だったのだ。それを、あっさりと否定された。

すごくショックだったのを今でも鮮明に覚えているのだから、当時の私は本当に傷付いたのだろう。
私はその洋服に、あまり袖を通さなかった。

それ以来、私は自分で洋服を選ばなくなった。
基本的に洋服を買う時は母親と一緒だったので「どれがいい?」と訊かれても、またダサいと言われるのが怖かった。いつも母親の顔色や言葉を聞いて、母親の望みそうなものを選ぶようにしていた。
更に同時期の学校の図工や美術の授業で、何かを描く度に「色使いが独特」と言われ、成績表ではあまり評価をされなかった。
そういったことが重なって、私は自分自身のセンスを信じられなくなり、それは今でもジワジワと私の作品づくりに影響を与えているように感じる。

かつては、そんな母親の言葉を恨んだりしていたのだが、私も今は一児の母親である。
私が悲しい苦しいと感じた親からの言動は全て、今の私にとっては反面教師であり、育児を考えるためのテーマでもある。

「ピグマリオン効果」という言葉をご存知だろうか。
これは教育心理学における心理行動のひとつで、教師の期待によって学習者の成績が向上するということを言う。
とはいえ、むやみやたらに期待をするべきでもなく、近年では子供を上手に褒めて育てる「ほめ伸ばし教育」という形でこの期待効果というものはよく語られている。

元の実験や効果はさておき、とにかく人間というのは「肯定されることで自信を高めていくもの」であることは、子育ての話の中でも頻繁に語られているのではないだろうか。
テストの結果にしても「次がんばってね」という一言を、良いところを見つけて褒めてから言うのと、間違えたところを責め続けてから言うのとでは子供に与えるプレッシャーはかなり変わってくると思う。(もちろん個々の捉え方や関係性もあるので一概には言えないが。)

私にとって、母親の「センスがない」という一言が私のファッションセンスに対する自信を減退させ、意欲を失わせるに至ったことはほぼ間違いないと思う。
そこで「次は褒められたい!」と思うか「また否定されるのが怖い…」となるかは、それまでの親子の関わり方で変わるのであろうが、私は後者であった。

このことを反面教師として、私は息子に対して「まずは褒める」ということを意識している。
特に芸術分野に興味と才能を芽生えさせている息子は、様々な作品を作り上げる。それらを見て欲しくて持ってくるのだが、例え折り紙を2~3回折っただけのものであっても必ず良いところを見つけて褒めるようにしている。褒めてから「これは何を作ったの?」と訊ねると、それはもう嬉しそうにモチーフの説明やら作るときの苦労やらを語ってくれる。(ときどき話が長すぎて質問したことを後悔することもあるが。)

もちろん、そんな余裕がないときもある。相手は子供だ。家事でバタバタしている時に作品を「見て見て!」と言われれば嫌な気持ちにもなるし、イライラもする。そのときは感情のまま「後にして!」と言ってしまい息子をシュンとさせてしまうのだが、落ち着いて冷静になってから「そういえばさっき作ってたやつさぁ」と後になってでも彼の作品を褒めるように努力しているのだ。
親がそうして褒めることで、紙屑のように見えていたものが息子にとって立派な「作品」として完成するのである。

私は自分が作品をつくる側の人間なので、特にそういった部分での「ほめ伸ばし」には注力している。もちろん、勉強においても些細なことを褒めるようにしている。
最近、息子の学習意欲が落ちている英語教室の宿題。それもアルファベットを書いているのを横で見て「あっ、今書いた A めっちゃカッコイイ!」と上手に書けた一文字を褒める。すると息子は「もっと上手に書けるよ!」と次々にアルファベットを書いていく。そのうちに彼は当たり前のように A を上手に書けるようになっているのだ。
本読みの宿題も好きではないようなのだが、頑張って読んだ一文でも褒めるようにしている。もう最終的には「読んだね!えらい!」くらいの勢いで、やることが当たり前の宿題も「当たり前じゃないように」する。小学1年の息子には効果覿面のようだ。

しかし、何でもかんでも褒めるばかりでは変わらないこともある。なので、その場合は褒めた上で「こうするとこんな風に良くなる」 というように指摘をするようにしている。
息子はとてもとてもプライドが高く、間違いを指摘されることをとても嫌う性格。なので、ただ「間違ってる」と伝えるのではなく「こういう理由で間違ってる」とか「こういう理由で変えた方がいい」とか、理由もつけると彼は彼なりに納得してくれると最近になって気がついた。
まだまだ手探りでやっているところではあるが、褒めるということに能力向上の効果があるのは素人の私が子育てをしている中でも感じることができているのでオススメしたい。


さて、私と母親について、現状は色々と変わってきている。
センスに関しては、私も自信を持てないままハンドメイド作家や趣味でイラストや漫画を描き続ける中で自分なりに成長させてきたつもりでいる。
しかし、長い間、それを母親に見せることは怖いと思っていた。母親の前で洋服を選ぶときと同じ感覚であった。

そんなとき、私がハンドメイドの出店をしているところに母親が来て、私の作ったイヤリングを見てこう言った。

「これいいね。ひとつ買ってあげるわ。」

言い方はともかく、母親が私の作ったイヤリングを肯定したということに内心とても驚いて、そしてとても嬉しくてたまらなかった。
それから何度か「これいい!」と言って手に取ってくれるようになり、私はハンドメイドをしていく中で「母親が認めてくれたんだから大丈夫」という端から見たら何の根拠もないような自信が沸いてきて、自由に作品をつくることが楽しいと感じるようになってきた。
もちろん、ファッションには拘りの強い母親なので「これはビミョー。」と言われることもある。けれど、それは母親の感性において「ビミョー」なのだと思えるようになったのは、私のクリエイターとしての大きな成長なのではないかと思っている。

小難しい話も交えてしまったが、とにかく親が子供にかける言葉の影響は、子供の感性だけでなく人生さえ左右することがあるというのは常々意識をして子育てをしていきたいと思っている。
しかし、親も人間である以上、完璧を求めてはいけない。そして、どこか理不尽であるべきだとも私は思う。

私は強い母親の元で育った弱い人間であるが故に、母親の言葉に縛られて苦しんでいた長い時間があった。それを完全に消化するには、恐らく人生すべてを費やしても足りないと思うが、少しずつ自分の中で飲み込めるようになっているのを感じてはいる。

だから私は母親のことを今は「毒親」とは呼ばない。彼女は彼女なりの接し方をしただけで、それが私という娘にはそぐわなかっただけなのだ。

親にも子供にも個性がある。それがピッタリ合うことも、全く噛み合わないこともある。人間同士なのだから考えれば当たり前のことなのだ。
ただ、そこに「責任」というものがのし掛かってくるから他人ならば上手くいくこともいかなかったりするのかも知れない。

私は、親の言葉に苦しんだ経験を自分の子育てに生かしていくことで消化していきたいと思っている。もちろん、息子と私は違うし、私と母親も違う。私は息子に合わせた生かし方を考えていかなければいけないし、考えたとしても実行できなかったりもするから容易ではない。

しかし、それでいいのだと思う。
親だって人間であることを子供に知ってもらうのもまた、子供の自立には必要なのだと思う。

私は専門家でもない、たかだか6年11ヶ月の一人息子を育てている人間なのだから。




余談だが、私と母親のファッションセンスは案外似ているところもあり、私が買っている洋服やコーディネートを褒められることも時々ある。
しかし、息子に着せる服に関しては合わないこともあり、その度にセンスがないと言われるのだが…祖母は私の選ぶ息子の洋服やの方が好きだと言ってくれる。

結局は、個人の好み。
押し付けるか、押し付けないか。
私も気を付けようと思う。


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