私 が 母 を 許 せ る ま で (2)





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私が母を許せるまで(1)
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小学生になって何年生の時だったんだろ…
自分のお父さんのことを母に聞いたんだけど
その時に
働かなくて離婚したって事を聞いた気がする。

そんな人最低だね!嫌だね!って言ったと思う。

だからといって、実父が嫌いとか好きとかじゃないし
実父がいなかったことが理由で寂しいって思ったことはなかった。

けど

お父さんという存在が!いいなと思ったことは覚えてる。
だって学校でもみんなお父さんがいたし、
友達にお父さんは?って聞かれることも嫌だった😩


私が小学校4年生の頃
前記事で書いた最低な男(義父)と結婚してもいい?
って母に聞かれて、
その頃はまだ義父も優しかったし
私はお父さんという存在が嬉しくて
純粋な気持ちで、いいよ!って言ったんだけど
本当にこれが間違いだったって後々後悔する。

祖母は反対したかったらしいけど
結婚の話をされた時はもう赤ちゃんがいたから
反対できなかったって
大人になった時教えてくれた…。


私は保育園の頃から将来の夢は保母さん!
って言ってた‪くらい子供が大好きで
弟が生まれることが本当にすごく嬉しくて
早く生まれてこないかなーって楽しみにしてた♩


ただ、再婚をしたから苗字もかわってしまって。
そのことでクラスの1人の男の子にバカにされた。
母にそれを言ったら先生に相談してくれたんだけど
先生はみんなを集めて
みんなの前でその話をしたのね。
あれ本当に嫌だった。
なんであの男の子だけに言ってくれたらそれで良かったのに
わざわざみんなの前で言うんだろ。
恥ずかしくて顔をあげられなかったよね…。


他にも母に
お父さんって 呼んであげたら?喜ぶよ!?
って話をされたことがあったんだけど
それもすごく嫌だった。

それまでは義父のことは下の名前で呼んでたんだけど
結婚したからってお父さんって呼ばなきゃいけないの?
でも母がああ言ってるし、、

結局すごく嫌だったけど
お父さんって呼ぶようになったね。
これは強制するものではない!!!


結婚をすることは賛成したんだけど
寝る時。私は子ども部屋のベットで寝てたんだけど
母と義父が一緒に寝てるのが嫌で嫌でたまらなくて
なんかいちゃいちゃしてるのも気持ち悪くて
用事もないのにわざと部屋に行ったりしてた。
母は私よりあの人が好きなんだって

きっと取られてしまったって悲しかったんだと思う。

一緒に寝たいからって言って
自分の部屋からベットを運んでまで
母と義父を遠ざけようとしてた。

本当に本当に気持ち悪かった。

布団の中で何してるの?って思うこともあった。


それから10歳年の離れた弟が生まれて
すっごく可愛くて、いっぱいお世話もして
学校から家に帰ってくるのも楽しみで仕方なくて
あのウキウキは忘れないと思う🧸
今はもう18歳だけど
今でも仲良しで可愛くて大好きな弟🤍会いたくなる🥺


話しを、戻して!笑

それから弟が2歳になったくらいかな?
私は小学校6年生だったんだけど、その頃から
母と義父の喧嘩が増えていったんだよね。
怒鳴り合いも多くて、喧嘩する度すごく怖くて
あの時、男の人の怖さを初めて知った。

まだ怒鳴り合いの喧嘩くらいなら良かったんだけど
ある日の喧嘩で
母は突き飛ばされて倒れちゃって
義父は倒れた母を踏みつけようとして
大きく足を振り上げて(かかと落としみたいな感じ)
私は、お母さん守らなきゃって。
怖かったけど義父を突き飛ばして、やめて!!!!
って大声で叫んだ。

弟たちは泣いてるし、両親は叫んでるし。


それからもずっとそんな感じの喧嘩があって
その度に2人の顔色を伺って
喧嘩にならないようになだめてた。
効果があったのかわからないけど
その時の自分にはそれくらいしかできなかったから…


そこから母も荒れ始め。
母も義父もお酒が好きだったんだけど
量がどんどん増えていって
母が急に暴れ出すこともあって
家の中の物を床にバンバン投げつけて
家の中のガラスは割れるし
母は泣き叫んで、私が全部悪いのか!って…

相当辛かったんだと思う…

でもあの時はもう恐怖で
母が母じゃないみたいで、なんにもできなくて
ガラスで足は怪我するし、ずっと恐怖で震えてた。

とりあえず、義父が母のことをおさえてくれてる間に
祖母は私たちを連れて、いとこの家に避難。
その夜全然眠れなくて、

頭の中でずっと母の暴れてる光景が浮かんできて。

次の日、家に帰らないといけなかったんだけど
もう母が怖すぎて帰りたくなくて

祖母に
本当にもう帰っていいの?
もうこのまま、いとこの家にいよう!って言ったら
もう酔いも冷めてるだろうから大丈夫!って

結局家に帰ったんだけど
母の姿がなくて、割れた物は全部片付いてた。

母がいなかったことにほっとしたな。

それから何時間か経って、母が車で帰ってきた。
どこ行ってたの?昨日のこと覚えてる?って聞いたら

海に行ってた、、

本当にごめんね、、

って泣きそうになりながら謝られて


あの時はその意味がわからなかったけど
今改めて思い返して母の気持ちに寄り添うと
母はもしかしたら命を絶とうとしたのかな
とも思えて。今これを書きながら涙が出てきてる。

本当に大変だったよね。辛かったね。


っと少し心が暗くなってきてしまったので
今日はここまでにしよう🧟‍♀️
まだまだ忘れられない義父への
恨み辛みがたくさんあるので
それは次のブログに書きます🧸

ゆ う き ⸜🕊⸝ 


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